「反則技は有効だからこそ反則」菊野克紀に訊く武道の真髄と餓狼伝
「反則技は有効だからこそ反則」菊野克紀に訊く武道の真髄と餓狼伝
餓狼伝: The Way of the Lone Wolf コラボインタビュー
Netflixのオリジナルアニメ「餓狼伝: The Way of the Lone Wolf」が絶賛公開中だ。
公開後はさっそく週間グローバルTOP10入りを果たし、世界から注目されている同作は、夢枕獏氏の格闘小説「餓狼伝」のスピンオフであり、"竹宮流"の使い手・藤巻十三を主人公に据えたオリジナルストーリーである。
Jiu Jitsu NERDでは、「餓狼伝」スペシャルコラボインタビューとして、作中のキャラクター達と同様、飽くなき強さを追い求める格闘家や武道家らにインタビューを行っている。
第四弾となる今回は、空手や柔道といった武道をベースにMMA界で旋風を巻き起こした元UFCファイター・菊野克紀氏の登場だ。
現在は、自ら異種格闘技イベントをプロデュースするほか、大人や子供に武術や空手を教える立場になった菊野氏もまた、作中の登場人物らのように人生を懸けて強さを追求する武道家と言えよう。
そんな菊野氏の目に「餓狼伝」はどのように映ったのか。武道や戦いの真髄に至るまで、じっくりと話を訊くことができた。
――菊野克紀さん、本日は宜しくお願い致します!総合格闘技のファンは、UFCや巌流島の印象が残っていると思いますが、現在はどのような活動をされているのでしょうか?
菊野:僕は3つの活動をしています。1つ目は「誰ツヨDOJOy」というもので、誰でも何歳でも強くなれるというコンセプトで、僕が学んできた武道、武術、格闘技を凝縮してお伝えしています。
もう1つは「こどもヒーロー空手教室」といって、子供向けに武道教育として学んできたことを教えています。
そして3つ目は「敬天愛人」といって、武道、武術、格闘家達が集まり、共に研鑽して楽しみながら進化する練習場と試合の場を作っています。
――「誰ツヨDOJOy」、「こどもヒーロー空手教室」、「敬天愛人」、ネーミングが素晴らしいですね。「誰ツヨDOJOy」はどちらにあるのでしょうか?
菊野:池袋に拠点を置いていて、文京区の公共施設でも活動しています。オンラインクラスもやっていて全国各地にオンライン会員の稽古会もあります。
――空手教室のほうも現在の拠点である文京区(茗荷谷や江戸川橋)の子供たちに教えているんですか?
菊野:そうですね。文京区の子供たちに教えています。
――では、菊野さんのMMAに話を移すと、最後の試合は、DEEPの大山釼呑助戦でしたか?
菊野:そうですね。BreakingDownを入れなければそうです。
――BreakingDown!! そうでしたね。
菊野:あの時はまだ「1分間の総合格闘技」でしたね。
――現在のルールでも、菊野さんと対戦したい人はいないと思いますが(笑)、今やこれほど大きくなるとは思いませんでしたね。
菊野:今は関わっていませんが、最初の試みとして1分間の総合格闘技は、まさに「餓狼伝」のような、ルールのない世界を表現しようとしていて面白そうだなと思っていました。
――最近、MMAの試合を見ていますか?
菊野:RIZINの試合は追いかけたりしていますが、がっちりとは見ていません。気になる選手が出る時は見ていますね。
――UFCなども見ますか?
菊野:いや、ほとんど見ませんね。もともとファンではないので。いわゆるプレイヤー、つまり強くなりたい人間であって、ファン目線ではないので、誰がどうだとか全然詳しくないんです。
――なるほど。ルールがある総合格闘技の世界では、UFCが最高峰の舞台であるわけですが、菊野さんはそこで5試合を戦った。今振り返ってみて、最強中の最強が集まる場所に出て行くっていうのは、どのような感じなのでしょうか?
菊野:やはり最強の場であるという認識はありましたので、そういう場に挑戦できる喜びもありましたが、負ける怖さもありました。2連敗でクビを切られる話もありましたからね。
一度チャンスを逃したら次はなかなかこない。負けると夢が絶たれるような感覚もあって、すごく怖かったです。向かい合った相手のスピードやバネ、リーチの違いも実感しました。2メートル近い選手もいて、そのリーチに驚きました。
UFCでチャレンジするなら、海外で練習することも含めて経験を積んでおかないと。試合中に「え?」ってなってしまうと、パフォーマンスに影響が出ます。
――現在、教えている以外に、競技者として興味のある格闘技や武術はありますか?
菊野:今はあまりないですね。僕が自分で作っているんで。
――そう言えますね。
菊野:「敬天愛人」という新しい競技なんですが、武術を表現出来るように、安全性と実戦性の境目を模索しています。
でも、結論としては無理なんです。安全性を考えると、武術を表現できません。
――えっ、そうなのですか?
菊野:実際に目を突く訳にはいきませんから。でもそうなると、武術を表現するのが難しい。
――それは禁止にしたらダメなんですか?
菊野:一般的な反則技はとても有効だからこそ反則なわけです。頭突きや金的、目突きは有効過ぎるから禁止されているんです。
武術はそれらがある前提で技術体系が出来ているので、禁止にしてしまうと違うものになってしまう。飛車角落ちよりも厳しいかもしれない。
――そんな視点は持ったことがなかったです。
だから敬天愛人の試合では防具をつけて目突き、金的、頭突きなどをポイント制で行っています。でも防具をつけるだけで間合いや視界など求めるものとはかなりズレが生じます。ポイント制も同様です。
――反則技も想定して練習するんですか?
菊野:反則技というか、武術は競技ではないのでルールがありません。相手の急所を攻めるのは武術における基本です。
――競技であれば、反則技は「やらない=練習しない」となりますよね。
菊野:その通りです。格闘技経験があっても、その理解は難しいです。一般の人にはなおさらです。
競技は勝ち負けが着くので、モチベーションとなり、切磋琢磨してレベルが上がっていくのが素晴らしいところです。
競技の弊害は、競技の結果が価値を待ち、競技以外のことの価値が無くなることです。ルール以外のことは稽古をしなくなります。
空手で寝技の稽古はしないし、柔道で打撃の稽古はしません。
でも「強さ」を求めるなら、あるいは「護身」を求めるならそれはリスクになると思います。
だから敬天愛人では競技自体を目的とせず、現代の日本においてイザという時に自分と自分の大切なものを守れるための稽古の場と位置付けています。
――では「餓狼伝」のようなストリートだったり、なんでもありの戦いは菊野さん的に「通常の戦い」ということになるわけですか?
菊野:そうですね、そういうのを想定した稽古をしています。ただし、その想定っていうのは無限にあって、今ここで襲われるとか。暴漢だったり、相手が多人数だったり、武器を持っていたり、誰かを助ける必要があるとか、守りながら戦うとか。
――たしかに無限ですね。その「餓狼伝」に話を戻すと、菊野さんは、もともと愛読されていたとか?
菊野:はい、そうですね。当時は「餓狼伝」と「グラップラー刃牙」がね、板垣(恵介)先生が書いていてすごかったです。こういう作品は、僕が武術に興味を持つきっかけの一つです。ルールのない世界を表現しようとしているので、当時柔道少年だった僕にはすごく新鮮でした。
――当時はどのような想いで読んでいたのでしょうか?
菊野:強さって競技では比べられないんだなと思いました。ルール次第なんだなと。
――少年時代、ここに気付いてしまうのはすごいですね。今回「餓狼伝」のアニメを見て、率直な感想を教えてください。
菊野:昔の餓狼伝とは印象が違いました。藤巻十三は、ずっと悲しみを背負っている感じで戦っていて、当然僕は人を殺めたことはないですが、軍人たちも心を病むといいますよね。
一線を越えた場合、消せない傷が残る可能性が高いんだろうなと思います。もちろん彼は守るためにやったんですが、少し過剰になってしまった。理想は、自分と自分の大切なものを守り、出来れば相手も守りたい。
――今作は、映像もこだわり抜いて制作されているのですが、バトルシーンについてどう思いましたか?
菊野:あれも少し特殊でしたね。スピード感がリアルとは違うようにも感じました。
パパッとしたスピード感ではなく、目で追えるようなスピードで描かれていましたね。リアルより少し遅いくらいでしたね。意外でした。
――藤巻の得意技である「虎王」については、どう感じたでしょうか? 打撃と関節技が融合したような技です。
菊野:武術的には普通ですよね。喉を抑えながら投げるとか。目に指を突っ込みながら倒すとか。関節を極めながら殴ったり。より効率的に壊すのであれば、必要な技術ですよね。MMAの打倒極とか、殴ってタックルも一緒ですもんね。
――三日月蹴り(※エピソード2:藤巻vs篠一郎)も出ていましたね。
菊野:前半に出ていましたね。
――藤巻は、篠一郎の三日月蹴りをキャッチして、足を極めて捉えようとしました。あれは実用的ですか?
菊野:全然ありだと思います。蹴り技はリスクが高いんです。片足になるし、高い蹴りは股間を空けてしまうので僕はあまり使わないです。
だから上手く使えばいい武器ですけど、リスクはありますね。足を取られたら大変です。
――足を取られたら倒れちゃいますよね。作中、篠一郎は、蹴り足を取られて、すぐさまハイキックに切り替えました。
菊野:そうです。足を取られたら、それはいい判断だと思います。足を取られるというリスクを理解していれば、その対処も稽古していたと思います。苦し紛れの対処でなければ相手をビックリさせて緩ませて足を抜くこともできると思います。
――総合格闘技界にも、菊野さんによって三日月蹴りのブームがありました。少し前はカーフキックが注目されました。
菊野:とても効果的な攻撃です。弱い部分を攻撃するのがポイントです。太い筋肉じゃないから大きなダメージを受けます。
――昔、菊野さんに三日月蹴りを教わった時、軽く蹴ってもらっただけでも悶絶した記憶があります。
菊野:急所攻撃は強く打たなくても有効です。触れるだけで十分です。
――的確に当てることが重要なんですね。
菊野:そうです。意識がない人には簡単に当たりますが、警戒している人には防がれます。だから練習が必要です。
目突き、金的、頭突きなども同様です。
――餓狼伝の中では、相手を破壊するような攻撃があります。技術と相手を壊すマインドは、別モノのようにも感じるのですが、菊野さんは躊躇いなど感じるでしょうか?
菊野:目的や状況によります。武術の成り立ちは様々な目的や状況での闘争を想定していると思いますので当然相手を壊す技もあります。
でも敬天愛人も誰ツヨも目的は護身なので、できれば壊したくない。取り押さえるのがベストですが、命の危機を感じたら壊すこともあると思います。
覚悟の問題ですよね。家族を守るために相手を破壊せざるを得ないなら破壊します。選択肢がなければやるしかないです。まずは家族を守れるという選択肢を持てることが大事だと思います。そのための急所攻撃などの稽古ですね。その上で相手も守るという選択肢が持てるようにさらに稽古を積んでいきたいです。
自衛隊にも通ずる話かもですね。力がなければ選択肢も持てない。
――なるほど。関節技でも「決めたら折る」みたいな表現があるわけですが、そういうのも自然にできるものでしょうか?
菊野:それも目的と状況によりますね。折らないと殺されるかもっていう状況ならやります。
――私も格闘技を嗜んでいますが、その境地には全くもって達していません。
菊野:だから覚悟の問題なんです。折らないと家族が、自分の子供がやられるっていう状況なら、折りますし、目も突きます。
たぶん守れる力がある人はイザとなったらやるんじゃないですかね。
子どもを見殺しにはしないでしょ。それをリアルに想定しておくかどうかだけの話ですよ。
必要であればやるし、必要がなければやらない。例えば、ボブ・サップみたいなデカい相手が来たら余裕なんてないですよね。ましてやそれが何人もいるかもしれないし、武器を持っているかもしれない。そこで手加減なんか無理ですよ。こっちに余裕があるかどうか、選択肢があるかっていうところで、なければやるしかない。
護身を目的に稽古するのであれば大事な想定だと思います。
――では、別の視点で質問をさせてください。作中では、泉宗一郎による「武術家にとって一番怖いのは老い」という言葉が出てきます。こういう言葉ってどう感じます?
菊野:僕はそこに希望が持てるんですよね。さっき言ったみたいに急所攻撃みたいなものは力が必要ないんです。
武術っていうのはすごく効率的に体を使う知恵の集まりなんで。要はパワーやスピード、スタミナに頼らない体の使い方をするんです。若いとそれらに自信があるもんだから無意識にそれらに頼ってしまって武術的な体の使い方がし辛い。でも歳を重ねてそれらに自信が無くなっていくと無意識レベルでそれらに頼らなくなり余計な力みが抜けて、結果的に強くなれるんです。僕の目標は70歳で最強になることです。
(ここで菊野氏が、インタビュアーの目にスッと指を伸ばすも、インタビュアーは全く反応できず)
――今、全く反応ができませんでした。「うわっ」って手が出ることすらなかったんですが...。
菊野:今、僕が別にやろうって思わせずにスーッと手を出したら、反応できないんですよ。引き算。そういうのを磨いていくんです。じゃあ、僕が「行くぞ」って構えた瞬間、相手も準備するわけで。そういうのを積み重ねていくのが武術なんです。
おじいちゃんになって、もちろんパワーがあった方がいい場合もあるんですが、そうじゃない強さもあります。
――うーん、深すぎます。
菊野:武術は物量勝負じゃないんです。より大きなパワー、より速いスピード、尽きないスタミナではなくて、例えば、いかに「相手に僕が殴るぞ」っていう情報を与えないか。
そして、相手が何をしてくるかの情報を得るか、もしくは「何もしないよ」っていう誤情報を与えてスーッとやっちゃうか。そういう情報戦なんです。それは年を取っても。むしろ年を取った方がエゴが減ってくるんですよね。
「行くぞ」とか、自分の力にはあまり自信がなくなってくると、そこに頼ろうとしなくなるから、素直にクリーンな体でやれるんで力を使わなくなる。
――そういうことなのか!
菊野:スポーツの世界でも天才と呼ばれる人達は、超効率的な身体の使い方をしています。そういう天才の知恵に再現性をもたらしたものが武術です。型にはそんな知恵が込められています。
――今日は色々と貴重は話を聞かせて頂き、ありがとうございました。菊野さんの今後の目標や、活動をどうしていきたいかなどありますか?
菊野:いろいろ物騒なことも言いましたが、心技体が強くなると自信がつきます。自信がつくと人間関係が良くなったり、冷静に判断できたり、見える景色が変わっていきます。
人生が生きやすくなる。
ハッピーになります。
そんな景色を「こどもヒーロー空手教室」と「誰ツヨDOJOy」で共有していきたいです。
敬天愛人もそうですね。様々な武道・武術・格闘技を愛する方達が集まって、楽しく稽古してみんなで強くなりたいです。
みんなでハッピーになりたい。
そんな姿を見て子ども達も武道・武術・格闘技をやりたい!
親がやらせたい!と思ってもらえたらいいなと思います。
そして誰よりも僕が一番強くなって、ハッピーになりたい!
――ありがとうございます。